THE戯言

Quitters never win. Winners never quit.

モザンビークのリープフロッグ- 20億人の未来銀行

世界でも最も貧しい国の、電気も通っておらず農民がほぼ自給自足のような生活をしている村で「電子マネーを使った新しい銀行」を作ろうとしている人たちがいる。

環境と目標があまりに合致していなくて、とんちか何かのように聞こえるこの不思議な取り組みについて、その当事者が紹介しているのが本書「20億人の未来銀行」です。

 

20億人の未来銀行 ニッポンの起業家、電気のないアフリカの村で「電子マネー経済圏」を作る

 

アフリカ南東部の国、モザンビーク。日本から1万2000キロ離れたこの国は、ちょうどマダガスカル島と海を挟んで向き合うところに位置しています。人口は約3000万人。GDPは110億ドル(2016年、世界銀行)。日本円では約1兆1000億円です。2015年に発表されている東京都のGDP104兆3千億円なので、モザンビーク一国の経済規模は東京都の大体100分の1といえるでしょう。GDP約5兆円の川崎市と比べても、5分の1くらいです。

 

そんなところで起こっている変化はめざましく、村人はそれぞれSuicaのようなカードを持ち、それにお金をチャージして決済に使い始めています。電子マネーではチャージや決済の情報が全て記録できるため、誰がどのくらいの収入があり、どのくらい使用したが全てわかるようになっています。この人は堅実にお金の管理をしていて、あの人はお金を使いすぎる傾向にある、といったこともわかるようになり個人の信用情報がたまってきます。その溜まった信用情報を個人への融資に当たって活用するということができるようになりますが、これはいま中国でAlipayやWechatが行っていることであり日本でも最近動きが見え始めてきたものです。

 

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wired.jp

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さらに、既存の銀行のシステムはもう現実に合わないものであるとして、金利を取らない「収益分配型モバイルバンク」というスキームを考え、実現させようとしています。まずはモザンビークで開始し、いずれは世界中に展開できるようにしたいとのことです。このように、世界でもっとも遅れているとみなされる地域でもっとも先進的なことが起こっているという、まさにリープフロッグと呼ぶべきことが進行しています。この話が面白くない訳がありません。

 

この事業は日本植物燃料という会社が手がけているものですが、その会社名から想像できる通りバイオ燃料の会社です。代表であり本書の著者である合田真さんはフィンテックを専門にしている訳ではありません。そもそもバイオ燃料の原料となるヤトロファという植物をモザンビークで生産するということを目的にしていたのですが、いつのまにかキオスクの経営や電子マネー決済のシステム構築をすることになっていたといいます。どういう経緯でそうなったのかは一見わかりにくいのですが、本書を読むとそれぞれが繋がっていることがわかります。ある種の「風がふくと桶屋が儲かる」的なストーリーになっているのが大きな魅力になっていると感じます。

 

そもそもは燃料を生産して販売しようとする計画だったのに、市場がないのでまずは市場を作ろうと電力供給のための電源として利用することを考えます。ただ無電化地域の村でいきなり電気が使えるようになったからといってすぐに需要が増えるわけもなく、インフラの整備もお金がかかりすぎてできません。そのためキオスクを設置し、そこで電気ランタンや製氷機で氷を作って売るというところから始めます。そのうちにキオスク売上金が消えていくという課題にぶつかって電子マネー決済を導入します。そうするとお客さん側である農民が持つ現金の取り扱いに関する課題が見つかり、電子マネーによる銀行というコンセプトを思いつく....というように、ひとつ課題を解決するとその次の課題が出てくるということを繰り返した結果最初の想定とは全く違うことをやっているという結果になっています。マンガ以上にドラマティックなストーリー展開で、その展開の速さにグイグイと引き込まれます。

 

そもそも本書の著者である合田さんがずっとそういう生き方をしているようです。なんとなく叔父さんの意見を聞いて進んだ京大の法学部に6年在籍後中退し、その後他と比べて給料が多いという理由で商品先物取引の会社へ就職。顧客のひとりが新会社を立ち上げる際に引き抜きの声をかけられ転職。その会社はその後経営が傾き崩壊寸前になるのですが、なんとその会社を5000万円で購入。その後クレジットカードや物流に関する事業に取り組みます。その仕事の一環で債権回収を行っていた際に訪れた会社でバイオディーゼル燃料のタンクを目にします。これがきっかけで著者はバイオ燃料ビジネスに飛び込んでいきます。

 

このように方向転換の多い人生だったからこそ、モザンビークでの状況に合わせて柔軟に対応することができているのでしょう。村への電力供給のために植物燃料を使用するという事業は、最終的に「村にそこまで電力需要がない」という理由でソーラーパネルの利用に切り替わっています。常に成功し続けてきたわけでは決してなく、日本で手がけたバイオ燃料事業が大失敗に終わり、毎日友人の会社にふらっと遊びに行って¥500もらって1日過ごすという時期もあったそうです。(このエピソードには迫力があります)

 

また、本書を読んでいると文化も考え方も全く違う土地で事業を進めていくことの大変さが端々から伝わってくるのですが、こういう言い方もなんですがそれが本書を読み物として魅力的にしています。主人公がピンチに陥いるときこそ盛り上がるというイメージです。あとがきにある下記のエピソードはなかなか痺れました。

以前、あるモザンビーク人スタッフが会社のお金を着服したことがありました。その時、私は「解雇して警察に突き出した上で回収を考えればいい」と安易に指示をしたのです。ところが、日本人スタッフから、「それをやると、うちのモザンビーク人スタッフ全員が解雇でいなくなってしまいます」と諭されました。

この他にも、著者が盗まれた会社のお金を追っていくうち、実は自分がそのお金でおごられていたことに気づくといったキレイなオチがつくような喜劇的エピソードもあり、読み物として普通に面白いのです。裏返すと、日本の常識が全く通用しない土地でビジネスを進めるのはこのような困難になんども対応しないといけないという悲劇的なリアリティがそこにあるのですが....

 

本書の帯には成毛眞氏の「この壮大なリアリティは学びの宝庫だ」という推薦文がありますが、本当にそのとおりです。成功した部分やキレイなことばかりにフォーカスしているわけではなく、うまく行かなかった部分、苦労したエピソードが隠されることなく披露されています。もしかしたらあらゆるところで困難がありとても隠しきれないという事情があるのかもしれませんが、それもひとつのリアリティなのでしょう。

 

最後に2つだけ。

 

あえてここでは深く書きませんが、なぜ合田さんが新しい銀行システムを作ろうとしているか、その背景にある問題意識も非常に興味ふかいものになっています。世界を「現実」と「ものがたり」で捉え、いま世界中の人が信じている「ものがたり」が「現実」に合わなくなってきているという彼の主張は強い説得力があります。この主張を受けて自分はどう考えるか、どう行動するかを考えてみても面白いと思います。(この「ものがたり」という考えは「サピエンス全史」っぽいなとおもったら本書のあとがきで紹介されていたのでやはりと思いました)

 

もう一つ、個人的に刺さったのは「最先端かどうかより、大切なのは現場で使えるかどうか」として問題解決をテクノロジーありきで考えないという著者の姿勢でした。

あくまでも現場の課題を解決するのに現実的に取れる手段として何がふさわしいかというスタンスで評価するというのは当然のことのように思えます。ただ私が仕事をしていく上でこのスタンスを常に持てているかと考えた時に大いに反省すべきところがあると感じました。特に私が勤めている会社はテクノロジーで世の中を変えていくということを強く謳っており、革新的なサービスを次々提供しています。その中で働く人間として「こういうことが技術的にできるようになったのでとりあえずやってみましょう」という形でお客様とお話することはなかったかと自身を振り返るよいきっかけともなりました。

 

蛇足ですが、合田さんご自身は新しいものにはとりあえず飛びついとけというスタンスだそうです。ビットコインについて、ノートパソコンでマイニングができた時代には実際にマイニングをしていたと仰ってますが、それって10年くらい前からということなのでは...?とそのアンテナ感度の高さに静かに戦慄を覚えました。

 

新しいアイデアにアンテナを貼っておくこと、気になったものは実際に手を動かしてやってみるというこの2点はこの本から学べたことのなかでもっとも実践が簡単なものなので、今後これは忘れないでおこうと胸に刻みました。

 

以上、個人的に非常に学びのあった一冊でした。普通に物語として面白く読めるのでおすすめです

 

<追記>

浅学にして知らなかったのですが、過去様々なメディアで合田さんの取り組みは取り上げられていました。本書とあわせて読むことでモザンビークでの取り組みをより深く知ることができるかもしれません。

wired.jp

www.lifehacker.jp

wisdom.nec.com

 

 

本書で紹介されていた本はこちら