THE戯言

Quitters never win. Winners never quit.

本来あるべきリベラルの姿 - 『朝日ぎらい よりよい世界のためのリベラル進化論』

橘玲節が今回も炸裂しています。

 

作品のタイトルが扇動的なのはある種毎度のことですが、今回の『朝日ぎらい』はさらにギアを上げているなと感じます。さっそくAmazonには明らかに内容(どころか目次すら)読んでなさそうな方々の書評と低評価が続々と上がってきています。

物議を醸すようなメインタイトルではなく、実際本書の内容を適切に表しているのはサブタイトルの『よりよい世界のためのリベラル進化論』のほう。著者自身がの本作で述べている通りこの本のテーマは「リベラル化」と「アイデンティティ化」についてであり、朝日という特定の団体について触れられているところはほぼありません (あとがきで「リベラルな新聞社における身分制度」への皮肉があるくらいです)。

 

あとがきで述べられている通り、著者の基本的政治的立場は「リベラル」です。「 リベラルは本来こういうものであるべきなのに、今の日本のリベラルはそこでうまく機能していない。だからこそ支持されなくなっている/嫌われている」 「本来あるべきリベラルの姿をとりもどしたい」というような著者からの(捻くれた形の)エールであるように思いました。

また、今の日本で発生している複雑怪奇な政治的/社会的現象について理解するためのひとつの視点が得られるので、ニュースで個別のニュースは追っているけど全体としてどんな流れになっているのかを把握したいという人たちにとっては本書はピッタリなのではないかと思います。

 

本書は4つのパートに分かれています。

パート1では若年層における安倍政権の支持率が高いことから一見「若者の右傾化」と見える現象が、実は「リベラルな若年層」が「リベラルな安倍政権」を支持しているという当たり前の事象であることをデータを使って丁寧に説明し、今や日本社会は「既得権にしがみつかないと生きていけない世代」と「既得権を破壊しないと生きていけない世代」に分断されているということを紐解いていきます。また、この「リベラル化」は「知識社会化」「グローバル化」という大きな流れとともに生まれてきた国際的な大きなトレンドであり、世界各地で目立つ「反知性主義」「グローバリズム批判」「保守化」という『右傾化』はあくまでこの大きな流れに対するバックラッシュであることを論じています。

 

パート2ではネトウヨに代表される『右傾化』の正体が、もはや政治的主義とは関係のない、自らを虐げられている被害者と訴える「アイデンティティ主義者」による彼らなりの「正義」と「愛」によって生まれたものであるということを丁寧な論理展開で紹介しています。

2002年の日韓ワールドカップにおいて、百済や高麗などの朝鮮半島との縁を述べた今上天皇を「反日左翼」として批判するという、従来の右翼の理解では説明できないことが発生しました。この奇妙な出来事についてもこのパートを読んだ後ではなぜこういうことが起こったのか、その理由を理解することができるでしょう。

 

パート3ではリベラルと保守の基本的な定義、および「正義」をどう扱うかで分類される主要な4つの政治思想の整理から始まります。ここにグローバルという要素を加えて「リバタニア」と「ドメスティックス」という新しい区分について論じていき、いまや世界は同じ価値観を共有する巨大なグローバル「リベラル共和国」と価値観で分断された多数の「ドメスティックス」空間で構成されていると話を展開していきます。

この流れで「安倍一強」の秘密とも言える4つの戦略の組み合わせを明らかになっていくのですが、ここに作者の非凡な洞察力を感じずに入られません。

 

パート4については、政治的態度は遺伝するのか、はたまた環境の影響が大きいのかといった進化論的な側面から論じた内容になっており、様々な研究結果やデータが紹介されています。3歳時の知能や性格が大人になってからの政治的態度に影響するという説は意見が大きく分かれるところだろうと思いますが、データの参照先は公開されているので気になる人は自分で確かめてみてもよいでしょう。

 

本書のエピローグに、なぜ作者がこの本をはじめとするリベラル関連の本を書いてきたのか、その根底にある考えをうかがい知れる箇所があります。

リベラルとは、本来は「Better World(よりよい世界)」「Better Future (よりよい未来)」を語る思想のはずだ。だがいつの間にか日本の「リベラル」は、憲法にせよ、日本的雇用にせよ(あるいは築地市場の場所まで!)現状を変えることに頑強に反対するようになった。「改革」を否定するのは保守・伝統主義者であり、守旧派だろう。これは「戦後リベラル」を担う層が高齢化して、「なにひとつ変えない」ことが彼らの利益になったということでもある。 

自らもリベラルであるという作者の日本のリベラルの体たらくに対する苛立ちが伝わってくるようです。

 

橘玲という作家はすでに超有名なのであまり追加することはないかと思いますが、「お金持ちになれる黄金の羽の拾い方」でベストセラーをだした作家という紹介が一番わかりやすいのではないかと思います。小説「マネーロンダリング」でデビューし、最初は資産運用系のジャンルが多かったのですが、徐々に「言ってはいけない」などの進化社会学、進化倫理学などの分野での作品が増えてきています。その根底には「人間が幸せに生きるにはどうすればよいのか」という一貫したテーマがあるように感じています。

 

個人的にこの作家の大ファンであり、著作は全て読んでいます。この著者の作品に感じる大きな魅力は下記の3つです。

  1. 物事に対する新しい視点を提供してくれる
    • 他人がいわない主張を紹介し、言論空間にゆたかな多様性をうみだすことこそ文筆家の仕事と著者自身述べているとおり、ポジティブ/ネガティブに関わらずこの著者の本からは「なるほど、言われてみれば確かに」と思わせられることが多く、それが非常に魅力的です。
  2. 可能な限り論拠となる研究、データを公開している
    1. 主張の裏付けとなる研究やデータを必ず紹介しているので、どれだけ過激な主張であっても説得力があります。また、結論に疑問が残る場合には自分で第一次情報にアクセスし検証することができるようになっており、非常にフェアな姿勢を感じます。
  3. 単純に自分の政治的立場が著者のものと近い
    1. 自分もリベラル寄り、さらにいうとリバタリアン寄りなので、彼の主張と意見の合うことが多いです。 

『80’s』という本が作者の自伝的性格が強い作品になっているので、作者について興味のある人はこちらを読んでいただくのが良いと思います。

 

『朝日ぎらい』は現在の日本国内および世界の政治的思想のトレンドをつかむのに非常に優れた作品だと思いますが、勉強になったで終わらせるにはちょっともったいないでしょう。こういった現実があることを踏まえて自分のはどう生きていくかということを考え、実行してみるよい機会となるのではないでしょうか。

政治家になってなんとかこの閉塞感のある状況を突破するでもいいですし、草の根の市民活動に参加するでもいいでしょう。とりあえず自分の生活は自分で守れるようにするでも十分いいと思います。

どのような方向を考えるにせよ、橘玲という作家の作品はなにかしらのヒントをくれるものが多いので、この本に興味を持った人は他の作品についても目を通してみることをお勧めします。