THE戯言

Quitters never win. Winners never quit.

世界中の「われわれ」と「彼ら」の対立問題 - 対立の世紀 グローバリズムの破綻

あなたは今、iPhoneでこの記事を見ているでしょうか。ロシアで行われているワールドカップについての情報をGoogleで調べたり、ハイクオリティのイヤホンをAmazonで購入したりしているとしたら、あなたもグローバル化の恩恵を受けていると言えるでしょう。

 

今ほど世界中の情報や物資、資金が国境を超えてものすごいスピードで流通するようになった時代はなく、これによって私たちの暮らしが豊かになった事はまちがいありません。グローバル化が進んだこの数十年で、10億人というスケールの人たちが貧困から脱出しており、世界は良い方向に進んでいるように思えます。

 

ただ一方で、このグローバル化による変化に取り残されていると感じ、不安に思っている人たちも少なくありません。2015年12月の調査で「世界はよい方向に向かっている」と答えた人がアメリカでは6%、ドイツ、イギリス、フランスでは5%未満だったということを考えると、むしろネガティブに思っている人が大多数なのかもしれません。

 

イアン・ブレマーの『対立の世紀 グローバリズムの破綻』はそのタイトルの通りグローバル化の潮流の中で生まれてきた、世界各地で発生している様々な対立について論じたものになっています。

 

対立の世紀 グローバリズムの破綻

 

この本で取り上げられている内容は決して新しいものではありません。例えば、『グローバル化の進展に伴って人々の間に経済的格差が広がっており、それが社会の不安定化を引き起こす要因になっている』という主張は決して新しいものではなく、10年以上前から叫ばれていました。

 

問題は、10年以上前から認識されていた問題が今もなお存在し、しかも解決に向かうどころか悪化しているように思われる(少なくともそう思っている人が多くなっている)ということです。なぜそういうことになっているかをしっかりと把握しておきたいと思われるならば、この本は価値あるものとなるでしょう。

  

著者は、グローバリズムがもたらすネガティブな影響には「経済的不安」と「文化的不安」の2つがあると言います。

経済的不安は、単純に言えば雇用がなくなり経済的基盤が脅かされる事から生じます。これは国内企業が自社の生産機能を人件費の安い国へ移転することによる国内の仕事消失、および革新的テクノロジーへの投資が生むイノベーションによる作業の効率化などが要因になります。ここから経済格差が生まれてきますが、それがなかなか是正されないことが大きな問題になっています。

 

もうひとつの文化的不安ですが、これは国境を超えた人の移動が自由になったことで、今までの自分のコミュニティとは異質な人たちが入ってくることで自分の住んでいる環境が変わってしまう事への不安です。移民が問題になりがちなのは根底にこのような不安があるからでしょう。

 

そして、このような不安の高まりは何らかの行動によって現れます。トランプ大統領の誕生やヨーロッパにおける右派ポピュリスト政党の台頭であったり、暴力的な抗議活動、ヘイトクライムなどがその例です。これらは行き過ぎると暴動や排斥運動につながるなど、社会不安を増長させるものであることはまちがいありません。

 

グローバル化やテクノロジーの進化がもたらすな変化に対応できる社会であれば、このような社会の不安定化に対して予防的な対応が取れるでしょう。例えばテクノロジーや教育への投資だったり、格差是正のための再分配を行うことで社会不安をある程度和らげる事ができるかもしれません。

 

このような不安定化を進めるような潮流のなかで注目すべきところとして12の国をあげて、それぞれの国でうまくいっているところ、今後不安な要因を詳細に分析しています。12の国とは中国、インド、インドネシア、ロシア、トルコ、ブラジル、メキシコ、ベネズエラ、ナイジェリア、サウジアラビア、エジプト、南アフリカ共和国です。ここでの分析の鋭さは、グローバルな政治リスクの分析を専門としている著者がその実力を遺憾なく発揮しているところであり、ここのパートだけでもこの本を買う価値はあると思わせる内容になっています。

 

次のパートでは、このようなグローバル化、知識社会化の激しい変化への対応方法としては2つの道があると紹介しています。

 

一つは壁を作ること。これは歴史的にもっともよく採られてきた選択であり、現在も採用され続けているものです。保護貿易による自国の産業保護、メディアやインターネットでの情報統制、および移民制限です。これらは自国の「外」と「内」を分断する壁として機能します。

 

この壁に加え、「内」と「内」を分ける為の壁も存在します。国内における特定の民族、人種、はたまた性別を優遇するなど、その待遇に差をつける方法です。アファーマティブアクションなどの政策もこの一部と言えます。また政府による国民管理システムが、政府が恣意的に壁を作り国民を自分の都合の良いようにコントロールするための装置となりうるというリスクも指摘されています。

 

本書ではインドの生体認証システムを利用して個人の住所などID情報を管理するアドハー(Aadhaar)システムや、中国で急速に普及している個人の社会信用を評価する信用情報システムである「芝麻信用」(sesami credit)が取り上げられています。個人個人の情報を一括管理できるデータベースができることで年金などの公的サービスの提供がはるかに効率的になるなど大きなメリットがある一方、政府が自分たちに批判的な国民を排除するために使われる危険性があり、そうならないように監視するための機能が必要になってくるでしょう。

 

中国の信用情報システムのリスクについてはWIREDが詳細に取り上げています。

<6/27追記>

これに関連して日本版WIREDも関連記事を出していました。この記事では信用情報スコアについてネガティブな面がフォーカスされてますが、これによって便利になったり社会にいい影響を与えてる面もあるわけで、それはまた別に書ければと思います。

wired.jp

 

ただし著者はこういった壁を作る方法に対しては否定的で、どちらかというと「社会契約のアップデート」というもう一つの道を推しています。こちらは社会の変化に取り残される人たちが出てくるのであれば、再分配や投資によって調整していこうという方法で、高税率、高福祉の北欧型社会のイメージです。短期的には社会保障システムでカバーしつつ、中長期的にはグローバルな知識社会を生き抜いていけるような国民を育成できるよう教育に投資していくことが政府に求められるようになると指摘しています。

 

さらには、全てを政府に期待するのではなく、教育や社会保障の一部を民間企業が担うというアイデアもあり、現実に企業年金などのシステムは政府でカバーできない部分を私企業が補うという形で生まれたものだと紹介しています。企業が社会のセーフティネットを提供すると考えは必ずしも新しいものではないのかもしれません。

 

ちなみに、橘玲の最新刊『朝日ぎらい』と内容的にオーバーラップするところがあり、この『対立の世紀』の補助線としてつかえると感じました。『朝日ぎらい』を読んでから本書を読むとこの本のなかで示されている対立構造の原因など深く理解が進むので、あわせて読んでみることをお勧めします。

 

 

『朝日ぎらい』についての書評はこちら。