THE戯言

Quitters never win. Winners never quit.

健康に長生きがしたい。でも、どうしたら? - 健康の結論

健康の結論

今ではあまりにも有名な、伝説とも呼ばれるスティーブ・ジョブズスタンフォード大学でのスピーチの一節にはこのようなものがあります。

No one wants to die. Even people who want to go to heaven don’t want to die to get there.  (誰でも死にたくありません。天国にいきたいと願う人であっても、そこに行くために死にたいとは思いません)

youtu.be

 

死だけでなく、病気など健康を損なうことは誰にとっても嫌なことであることは間違いありません。ただ、自身の健康を保つために十分なことをしている、できているという人はどれだけいるのでしょうか。食事の際に脂っこいものを避け、野菜を多く摂取するようにしているというようなレベルであればそれなりにいるかもしれませんが、それよりもより致命的になりかねない病気や疾患を予防するために定期的に病院で検査しているというような人は少ないでしょう。

人生100年時代が叫ばれている昨今、問題となっているのは単純な寿命ではなく健康寿命です。いわゆる寝たきりのような健康上の問題がない状態で日常生活を送れる期間をいかに長くするかが、我々の今後の課題になってくることは間違いありません。

ホリエモンの新刊『健康の結論』は、最低限の健康を保つため、いうなれば避けられたはずの無駄死にを予防するための手段を知るために読んでおくべき一冊と言えます。

テレビを見れば健康に関する情報番組が数多く流れ、本屋に行けばヘルシーな食事やダイエットなども含め、健康な生活に関する書籍が山積みになっています。ただ、そこで得られる情報には本当に効果があるのか疑問に思うものが少なくありません(マイナスイオンとか水素水などはその一例と言えます)。

その点、本著は「医師の側が持っている科学的根拠のある正しい情報をピックアップし、一般の人にも分かりやすく」紹介すると謳っているだけあり、それぞれ専門の医師に取材した内容が平易な言葉で説明されています。内容も予防医療普及協会の監修がしっかりとついており、その科学的信頼性についても安心できるものでしょう。

彼がピロリ菌こそが胃がんの原因であり、除菌することで予防できるという啓蒙活動を行ってきたことは有名だと思います。

一般にがんは生活習慣が大きな原因と思われているが、日本人のがんの約25%は細菌やウイルスによる感染症が原因といわれている。たとえば胃がんの場合、ピロリ菌への感染が主な原因で、検査で早期に感染がわかれば薬で除菌治療することができる。

これにより、私のまわり(私もふくめ)では健康診断の際にピロリ菌検査のオプションを選択する人が明らかに増加しました。この検査で胃がんにかかるリスクを減らせるなら当然でしょう。逆に、知らないことで予防のチャンスを失ってしまうことを考えると怖いなと思います。

本著では「心臓突然死」「脳血管疾患」「がん予防」「デンタルケア」など、どれもQoLに関する病気の予防について詳細に紹介されていますが、面白いと思ったのが「メンタル管理と自殺予防」というトピックをまっさきに扱っているところです。

病気よりもまず自殺についてのトピックを取り上げるところに、年間2万人以上が自ら死を選ぶ状況に対する著者の問題意識が感じられます。自殺予防の専門家である精神科医の松本俊彦先生の『自殺者の「死にたい」という気持ちは、裏を返せば「これほど辛くなければ生きていたい」という叫びだ』という指摘は今後も忘れずにいたいと強く思いました。

若年層においては事故死よりも自殺の方が多い状況を改善するため、自殺を選ぶ人はどのような問題を抱えている傾向があるか、「死にたい」とつぶやく人に対してどのように対応したら良いのか、本著を読むことで明確なガイドラインを知ることができます。

自殺を考える人の精神状態が平常でないことは間違いありませんが、ともすれば身体的な疾患に注目が生きがちな健康というトピックにおいてまっさきに自殺を取り上げるところに「人の命を守る」という著者の真剣さが感じられましたし、だからこそこの本は多くの人に読んでもらいたいと思いました。

ホリエモンは間違いなく現代日本におけるオピニオンリーダーの一人ではありますが、専門家と一緒に健康に関する正確な情報を広めていこうとするこのような活動は非常に価値のあるものだと思います。

ひとりでも多くの人が本書を手にとり、心身両面における健康についての知識を身につけて欲しいと思います。

 

 

 

「決算が読めるようになるノート」でおなじみのシバタナオキさんによる、スマート脳ドックの体験レポート。こんなにお手軽に脳ドックが受けられる時代になっていることに驚きです。今度健康診断のついでに受けにいこうと思っています。

 

ホリエモンの健康に関する別の著作。これによって胃がん=ピロリ菌のイメージが普及したと思います。 

むだ死にしない技術

むだ死にしない技術

 

   

放射線技師達と放射線科医達の物語。「健康の結論」では子宮頸がんについて取り上げられていますが、同じく女性がかかりやすいがんのひとつである乳がんについて扱った話があります。男性側も知っておいた方がいい内容が多いです。

 

なぜ裏社会の経済はこんなに面白いのか - 猫組長と西原理恵子のネコノミクス宣言

ずっと気になっていたこの本をついに買ってしまいました。

猫組長と西原理恵子のネコノミクス宣言

猫組長と西原理恵子のネコノミクス宣言

 

 

まだ途中までしか読んでいませんが、買ってよかったと思わせる内容です。チャプター1では国際金融、チャプター2ではマネーロンダリングについて書かれているのですが、まるで専門家が書いたかのような、しかもわかりやすい描写が続き思わず引き込まれます。

ベルギーに本部を置くSWIFT(国際銀行間通信協会)は加盟金融機関同士でのメッセージタイプによる通信を仲介する組織で、あらゆる国際決済はもちろん、日本と海外の銀行間送金にもこのSWIFTシステムが使用されている。

加盟する金融機関は、それぞれ個別のコードを持ち、三井住友銀行にはSMBCJPJTが、三菱UFJ銀行にはBOTKJPJTのコードが与えられている。例えるならメールアドレスで、加盟金融機関はプロバイダー役のSWIFTを介したメッセージにより、国をまたぐ送金や証券の決済を指示するのだ。

さて、日本では不的確なパナマ文書の報道が相次いだ。そもそもパナマ文書震源地はパナマではあるが、決してそこが中心地ではない。BVI(英バージン諸島) にこそモサック・フォンセカによってオペレートされた数々の不正が隠されているはずだ。

では、「パナマ文書」から何を読み解くのか ー 私が注目しているのは、CIS(クライアント・インフォメーション・シート)とSWIFTリファレンス(送金指示と資金移動履歴の詳細データ)だ。

まるで専門家と言いましたが、正真正銘の専門家による説明です(SWIFTの説明なんて、橘玲の本以来で久しぶりに目にしました)。ただし、反社会勢力の一員として最先端の金融を専門に活躍していた著者の、いわば裏社会人による経済解説とも言えるような内容になっています。

大阪の銭湯のロッカーからプライベートジェットを使った大量の現金の輸送など、カネの保管についてあらゆるスケールの手段が紹介されていたり、今の国際送金システムの説明を通じてアメリカが国際金融システムを支配できている理由が説明されていたりと、確かに正統派な経済の本には書かれていないようなトピックに焦点が当てられています。

読んでいて軽い興奮を覚えるのは、そのひとつひとつのエピソードが刺激的でスケールが大きいからなのでしょうか。

マネーロンダリングの手法として仮想通貨が使用されていたという話はいまや誰もが知っている話ではありますが、かつて橘玲が作家としてのデビュー作である「マネーロンダリング」という作品の中で描いた「割債の密輸」という方法に比べるとだいぶ洗練されたなあと感じます。

 

国際金融の世界では暴力団の看板なんて何の役にもたたない。最終的に国家には全く歯が立たないのがリアリティだ。その中でもアメリカと銀行はもっとも悪辣で強大な存在だと語る部分にはなんとも言えない説得力を感じました。これも著者が実際に体験した感じたことが余すところなく表現されているがゆえに醸し出る迫力とリアリティがあるためでしょう。

 

普段は目にすることのない、経済の別の顔を知ってみたい方には本書を読んでみると知的興奮を味わえるかもしれません。

 *ちなみに西原理恵子は本書冒頭の猫組長との対談以外では出てきません。

マネーロンダリング (幻冬舎文庫)

マネーロンダリング (幻冬舎文庫)

 
マネーロンダリング入門―国際金融詐欺からテロ資金まで (幻冬舎新書)

マネーロンダリング入門―国際金融詐欺からテロ資金まで (幻冬舎新書)

 

 

誰も知らない世界の本当の姿 - Factfulness & Gapminder

突然ですが、あなたは今私たちが住んでいるこの世界についてどれだけ知っているでしょうか?例えば下記のような質問にどれだけ正しく答えられるでしょう?

  • 世界全体の人間の平均寿命は?
  1. 50年
  2. 60年
  3. 70年
  • いわゆる低所得国における女子の初等教育修了率は?
  1. 20%
  2. 40%
  3. 60%
  • 世界全体で、1歳の子供が病気のワクチンを受けられている割合は?
  1. 20%
  2. 50%
  3. 80%

このような今の世界に関するシンプルな質問をされた時、その正解率は非常に低いそうです。一般人だけでなく、ジャーナリストや投資銀行で働くエリート、はてはノーベル賞受賞者に対して同様の質問をした場合でさえ、その正解率はチンパンジーがランダムに答えを選んだ時と同じレベルだそうです。

私たちはそれぞれ異なった世界の姿を思い描いています。しかし実際にはその思い射込みの多くが現実とかけ離れているのです。例えば世界の国が先進国と発展途上国に分断されているといった見方もその一つです。

それは私たちがファクト(事実)を正確に把握していないためであり、今後人類にとって本当に取り組むべき重要な問題を見つけるためには、ファクトベースで今の世界を見つめ直すことが必要です。

ということが、最近本屋で見つけて気になった『Factfulness: Ten Reasons We're Wrong About The World - And Why Things Are Better Than You Think』という本の中心的テーマになっています。

Factfulness: Ten Reasons We're Wrong About The World - And Why Things Are Better Than You Think

Factfulness: Ten Reasons We're Wrong About The World - And Why Things Are Better Than You Think

 

著者であるハンス・ロスリングはスウェーデンの医師で、公衆衛生学者でもありカロリンスカ研究所の国際保健学の教授も勤めていた人物です。

本著はまだ邦訳未発売なのですが、全世界で24ヶ国語に翻訳されているところだというので間もなく日本語版が本屋に並ぶことになるでしょう。

先に本書の内容がどのようなものか知りたいという場合には、こちらのTED Talkがおすすめです。

www.ted.com

この動画を見れば本書で紹介される内容がなんとなくイメージできるのではないでしょうか。この動画は少し古いので、最新のリサーチの結果なども本書に含まれてくるのではないかと思っています。このプレゼンを見れば、きっと本書もHONZなどの有名書評サイトで紹介されてヒットになるような内容だろうと予想しています。

 

ハンス・ロスリングはTEDに何度も登壇する超人気プレゼンターで、他にも多くの動画があるので気になる人はチェックしてみると良いでしょう。

また、このプレゼンで使われているダイナミックにチャートを動かせるツール『Gapminder』は公式サイトで使うことができるようになっています。

Gapminder: Unveiling the beauty of statistics for a fact based world view.

 

英語になってしまいますが、冒頭にあったクイズも受けられるので興味ある人はぜひチャレンジしてみてください。

Gapminder Test 2018

 

英語で買って今すぐ読むか日本語版を待ったほうが早いか悩みどころですが、遅かれ早かれ読むことになる一冊になるのは間違いないと思っています。

 

 

植田かもめさんによる書評がありました。より詳しく内容を知りたい方にオススメ

 

 

超正統派ブルーバックス作品 - 科学者はなぜ神を信じるのか

ブルーバックスの書籍で、タイトルに「神」の文字が見られるのは珍しいかもしれません。著者自らも作中でやや異色の趣向かもしれないと語っているくらいですが、中身は主に宇宙論に関する科学研究の発展の歴史を辿った非常に正統派ブルーバックス作品であると言えるでしょう。

 

本書は、 コペルニクスからホーキングまでこれまでに偉大な業績をのこした科学者の研究をわかりやすく解説するとともに、それぞれの科学者が科学と神の関係についてどう考えていたかを紹介する、知的刺激に満ちた一冊になっています。主に宇宙論の研究の変遷が中心的な内容になっているのは、宇宙に関する事柄がもっとも神の存在を感じやすいものだったからでしょう。

 

科学の発展によって、天体の動きをはじめとした多くの自然現象についてその原理が解明され、合理的な説明を与えられるようになってきました。それはすなわち、昔は神の御業としてしか説明ができなかった事象がひとつずつ姿を消していったということを意味します。

 

これは、中世ヨーロッパ社会で絶大な権威を誇っていたカトリック教会にとっては自分たちの盤石の地位を脅かすものとして映ったに違いありません。その結果、ガリレオの宗教裁判の例をはじめとして、自分たちが絶対としてきた聖書の記述と合わない仮説が出てきた際にカトリック教会がその説を潰しにかかるということが繰り返し行われました。

 

世界的ベストセラーになったダン・ブラウンシリーズの『天使と悪魔』だったり『オリジン』で描かれている宗教と科学の対立構造はここに由来するものだといえます。今やそこまでの深い対立はないかもしれませんが、ガリレオ・ガリレイへ謝罪しその名誉回復を行った当時のカトリック教会の教皇ヨハネ・パウロ2世でさえもビッグバンの研究を進めることに対しては否定的であったことを考えると、規模は小さくなったにせよこの構造自体は今も残っているのかもしれません。

 

しかし、この本で紹介されているとおり、科学者の側が神を信じていなかったかというと全くそうではありませんでした。ガリレオをはじめとして、そもそもカトリックであったという科学者は少なくありません。彼らは、各々細かい理由に違いはありつつも、なぜ神はこのように宇宙を創ったのかという興味から研究を進めました。

逆に、最初は神の存在を信じていなかった科学者でさえ、研究を進めるうちに世界が非常に洗練された仕組みによって動いていることがわかり、そこから何か超越的な知性の存在を信じるようになったパターンもあります。量子力学の大家ポール・ディラックは若かりし頃は神の存在を激しく攻撃していましたが、その晩年は自然の根底に流れる物理法則の美しい数学的理論に触れ、極めて高度な知性による宇宙の構築について触れた手記を残しています。

 

国連のある調査では、過去300年において目覚ましい業績をあげた研究者300人のうち80~90%が神の存在を信じると答えたと言います。本書を読めばさもありなんと思うことでしょう。作中で紹介される科学者それぞれの研究とエピソードの数々を通じて、昔から神の奇跡をその身(頭脳)をもって体験してきたのは優れた科学者自身であったろうということを思うようになりました。

 

この本が生まれるきっかけは、トリックの助祭にして理論物理学者として素粒子論を研究している著者が高校生を相手に講演をしている時に投げかけられた「科学者なのに科学の話の中で神を持ち出すのは卑怯なのではないか」という質問だったそうです。その答えは本書を読むことで明らかになるでしょう。

今の私たちにとって、奇跡が起こるのを見るのは難しくとも、それが存在していることを見るのはそう難しくないのかもしれません。

 

蛇足ですが、本書は直接的な科学関連の事柄だけでなく歴史として面白いエピソードが多数紹介されています。例えばピタゴラスのエピソードからは、ヨーロッパにおけるリベラルアーツの科目の謎が解けたように思いました。

リベラルアーツとは、「人が持つ必要がある技芸(実践的な知識・学問)の基本」と見なされた自由七科のことで、文系科目である「論理」「文法」「修辞(レトリック)」3科と「算術」「幾何」「天文」「音楽」の理系4科目です。

なぜ理系科目として「天文」と「音楽」が含まれているのか長年不思議だったのですが、下記のエピソードを読んで「算術」「幾何」も含めて4科目全てがピタゴラスに由来するものだとわかりました。

数学者でもあったピタゴラスは、音楽を数学で表現しようと考え、7本の弦を張ったハープに似た楽器を使って、実際にそれに成功しました。現在の音楽の基礎は彼が築いたといっても過言ではなく、弦を弾いて出す音階は「ピタゴラス音階」と呼ばれています。

ピタゴラスには音楽の他にもうひとつ、その美しさを数学で表現したいものがありました。広大な夜空に無数の星たちが輝く、宇宙です。彼は宇宙からは美しいメロディーが聞こえてくると弟子たちに説き、音楽が数学で表わせるなら、宇宙も同じように数学で表現できるはずだと考えました。

 一流の科学者の一流の教養に触れられるのもこの本の魅力であることは間違いないと思います。

 

表紙をみただけでどうしようもなく惹かれてしまった本 - ぞぞのむこ

なぜこの本がこんなに気になるのかわからない。なぜか非常に惹かれるのだけれど、その理由がうまく説明できない。

初めて見たときから妙に気になる本だった。ただ家にはまだ読んでない本が何冊も残っている。先に読むべきはそちらだろう。

そのときはそうやって何とか本屋を後にした。

しかし、やはり気になってしまった。我慢できなかった。

帯に書かれた一文に、どうしようもなく興味を惹かれてしまったのだ。

 

「この町を出たら手を洗ってください、必ず」

 

ぞぞのむこ 

普通、手を洗うという行為からは汚れを落とし、清めるということを連想する。

町を出たら必ず手を洗わないといけないということは、その町に踏み込んだら何かしらの汚れを纏うということである。そんな強烈に不吉の匂いがする町に関する物語に、なぜだか妙に引き寄せられてしまった。

この小説は、全5つのストーリーからなるホラー小説だ。各ストーリーは同じ世界線ではあるものの時間軸が若干ずれていたりと、基本的にはお互いに独立した話になっている。

仕事で漠市に立ち寄った翌日から、なぜか幸運なことが続く。夜には自宅前で昔の恋人に再会し、何か彼女の様子がおかしいと訝しげに思いつつも一緒に生活を始める会社員の話。

大学では準ミス・キャンパスに選ばれ華やかな生活を送るも、万引きがやめられない学生の話。ある日奇妙な文房具屋でハサミを盗った彼女は、後々それが漠市であったことに気づく。

大手建設会社を退職し、老人ホームで働き始めた男の話。漠市出身のカリスマ介護士に対抗心を燃やし、彼女の成功の秘密を暴き、何とか陥れたいと執念を燃やす。

漠市にあった小さな祠の賽銭箱にお金を入れてしまって以降、神様に願いと呪いを叶えてもらえるようになってしまった青年の話。

ある朝娘の姿が見えないことに気づき、娘を見つけようと奔走する母親の話。同級生に話を聞くと、娘は漠市にある「ざむざの家」に入っていったらしい...。

 

全ての話に「漠市」という共通項がある。

現実にもなんとなく不吉であまり近づきたいとは思わない場所というのものは各地に存在すると思うが、漠市もまさにそのような扱いだ。

内容は当然想像できるように、漠市にまつわるものに不用意に接触してしまった人々に起こる不条理で不気味な出来事に関するストーリーだ。

ホラーというジャンルであるものの、恐怖感というよりも嫌悪感、不快感を覚えるような話が多い。各話のタイトルを見てもらえればなんとなくどういう感じかわかってもらえるのではないか(それぞれ「じょっぷに」「だあめんかべる」「くれのに」「ざむざのいえ」)。

この物語の理不尽なグロテスクさ、本能的に感じる気持ち悪さの塩梅がよく、エンターテイメントとして楽しめる範囲内にバランスよく収められているところに著者の力量が感じられる。なんとなく吉村萬壱の作品に通じるところがあるように思え、とても楽しめた。

 

ちなみに、漠市以外にももうひとつ、どの話にも共通して出てくる要素がある。

それは矢崎という青年である。

矢崎は常に事実や正論しか言わず、いわゆる空気を読んだり人の気持ちに寄り添うようなコミュニケーションはしない(できない)。作業をするときはマニュアルに完璧に従う。そんな彼を周りの人間はロボットと呼んで煙たがっている。そんな人間として描かれている(周囲の人とのコミュニケーションについてもインターン生時代の上司が作成したマニュアルに従っているくらいなので筋金入りである)。

そんな彼は、どの話においても漠市に関わろうとする登場人物に対して、思い留まるよう助言や警告を行う。彼はなんと漠市に住んでおり、明らかにその町に対する「お作法」を心得ている人物として描かれている。とはいえ登場人物が彼の助言をはいそうですか、わかりましたといって素直に聞くようであればそもそもストーリーが成立しないので、彼の警告は常にカッサンドラの予言のように黙殺されるのだが。

この小説で漠市と関わる登場人物が次々と不気味な現象に見舞われて不幸になっていくなか、なぜ矢崎はその不吉な町で生活を続けられるのか(それどころか、矢崎は彼にとって漠市は最も住みやすい場所であると言い、就職を機に離れたこの町に再び舞い戻ってきている)。

それは矢崎には周囲への関心や未知への好奇心というものが全くないからではないだろうか。本書を読み通してみてそう感じた。周囲への干渉は最小限で、必要な時に必要なことだけを最低限行うといった生き方ができれば、妙なことに巻き込まれることもそうはないだろうと思わせる人物だった。

 

文章は平易で読みやすく、かつテンポがよく引き込まれてしまう。買ったその日に2時間ほどで一気に読み終えてしまった。暑い日に背筋が寒くなるようなぞっとする話がお好みであれば目を通してもらいたい一冊。

 

 

明らかに精神に異常をきたしているような少女の独白形式で話が進む。災害の後、みんなで助け合おうという「絆」を強調する海塚市という架空の町が舞台。本当におかしいのはなんなのか、読み進めていくうちにだんだんとその姿が見えてくる。

ボラード病 (文春文庫)

ボラード病 (文春文庫)

 

 

 いわゆるタイムスリップもの。過去の改変を行うたびにどんどん不幸になっていくのだが、あと一回、あと一回だけとどうしても過去への逆行をやめられない主人公の姿に人間の弱さが見える。

回遊人 (文芸書)

回遊人 (文芸書)

 

 

『考える障害者』を読んで障害者のことを考えた

考える障害者 (新潮新書)

考える障害者 (新潮新書)

 

著者は車イスのお笑い芸人と20年以上のキャリアを持ち、自身で訪問介護事業を運営しているホーキング青山氏。

障害者はあまりにも極端な2つの捉えられ方をしている。体には難があるけど心は綺麗な汚れなき聖人君子、しかし一方では(いまでは表に出ることはないけれど)厄介者扱い。そんな極端な捉え方ってなんかヘンなんじゃないか。このような著者の問題意識がこの本を書くきっかけになったといいます。

本書では、先天性多発性関節拘縮症のため手足に不自由があり車イス生活を送っている著者が実際に直面したおかしなコミュニケーションが多々紹介されています。

「街中で障害者を見かけたらどのように接すれば良いでしょうか?」

著者はこういう質問を健常者から受けることがよくあるといいます。私もそうでしたが、この質問を見て特に問題があるとは思わないのではないでしょうか。

しかし、著者は「こういう質問があるということ自体、その人と障害者の間にはものすごく距離があるということだし、しかもこの質問自体ははっきり言ってナンセンスだと思う」というのです。

その理由は本書で確認していただくとして、このように世間から受ける扱いに違和感を覚えることがままあると著者は感じており、それは障害者に対する理解が足りないというところに原因があると考えています。

本書は、世間の障害者に対する妙な扱いに対し「それって違うんじゃないの」という視点を投げかけるものとなり、障害者からのリアルな視点が見えるという点で非常に優れた一冊となっています。

 

ただ読み終えて思ったのは、この問題は非常に難しいということです。

本書の中に、『「どうすべきなのか」は明白、「そうしなさい」というのも明白、とはいえ現実的には難しい』ということが語られる部分があったのですが、まさに障害者に対する付き合い方、障害者を包摂した社会の作り方の問題の本質が凝縮されていると感じました。

 

障害者も同じ人間であり平等である。健常者と同様に扱うべきだ。障害者に対する理解を深めよう。

こういう考えに反対する人はいまや極めて少数派になると思います。ただし具体的にどうするかとなったときに一息に問題を全て解決できるような案はいままでもでていませんし、これからもでないでしょう。

ここには、「理解」と「実践」において超えるべき大きな壁があると感じます。

そもそも、ここでいう障害者とは誰のことを指すのでしょうか。一口に障害者と言っても様々ですし、必要なサポートも千差万別です。「障害者」と一口にくくるのは私たち全員を「日本人」とくくるくらいざっくりとした区分なのではないでしょうか。

個人的には、下記のように定義を考えてみました。

  1. マイノリティである
  2. 日常生活をおくるのに周囲の人からのある程度のサポートが恒久的に必要になる

素人定義ですので当然抜け漏れがあるとは思いますが、やはり「障害者」を定義しようとするとこのような大雑把な区分になってしまいました。実際には極めて多様な姿の「障害者」をカバーするのにはこのような定義では不十分でしょう。

このように定義すら難しいほど多様性があるため、「どこまでやれば障害者にとって住みやすい社会といえるのか」という基準の設定も極めて難しくなります。個々人に必要なサポートの種類や程度はそれぞれですし、それをどこまで社会の中に組み込むかということは現実的にコストの制約もあり明確な答えはありません。

専門の介護施設だけを見ても、現状しっかりとした専門性を持ったスタッフやそこに投入できるお金が潤沢にある状況とはいえないでしょう。

 

同じ人間として平等に扱う、そういう社会を目指すというのは理想としては全く正しいと思います。ただそれは難しい。健常者だけの世界でもあらゆる人間が自己肯定感をもてる社会を作ることが難しいことを考えれば自明でしょう。

そこに、障害者の対するサポートという点が入ってくると、コストの問題も出てきてさらに問題は複雑化していきます。この問題は一朝一夕には解決が不可能なので、これからも議論して進めていく必要があるでしょう。

 

本書でも「ではどうすればいいか」という答えはでていません。あるのはひたすらに問いかけのみです。それは仕方ないですし、それでいいと思います。障害者にとって今の社会は昔に比べればずっと住みやすくなっているはずです。未来の社会をもっと住みよくするためにはどうすればいいか、それを考え続けることが重要だと思います。

 

この本を読んでこういう意識を持ったということ自体がひとつの前進であると個人的には思いました。おすすめです。

 

 

多様性と包摂(ダイバーシティインクルージョン)について書いたエントリも紹介しておきます。

sat-1.hateblo.jp

植物に振り回される人類 - 世界史を大きく動かした植物

世界史を大きく動かした植物

世界史を大きく動かした植物

 

 小麦。イネ科コムギ属に属する一年草の植物。

世界三大穀物のひとつに数えられ、人類史のはるか昔から栽培され、世界で最も生産量の多い穀物のひとつとなっている(ちなみにあとの二つはトウモロコシと米である)。

年間生産量は約7.3億トンであり、これはトウモロコシの約10.4億トンには及ばないが、米の約7.4億トンにほぼ近い(2014年)。 (Wikipediaより)

 

2016年から2017年にかけて大ベストセラーになった『サピエンス全史』では、人類史に起こった大革命のうちの一つである農業革命を、小麦による人間の奴隷化が決定的となった(人間にとっての)史上最大の詐欺であったと指摘しました。

万物の霊長である人類がまさか植物ごときに隷属するとは夢にも思っていなかった我々にとって、これは大きな価値観の転換であったと言えるでしょう。

しかし、世界史を紐解いてみると、人類に対して大きな影響を与えた植物は小麦だけにとどまりません。実に、人類の歴史において大きな意味を持つ出来事のきっかけとして植物が登場することが少なくないのです。

例えば15世紀後期から始まった大航海時代はアジアの香辛料を目的としていましたし、アメリカでは綿花の大量生産のために奴隷をアフリカから連れてきました。これは1861年南北戦争勃発につながっていきます。19世紀にはイギリスと清国の間でアヘン戦争が発生しています。このとき清国に輸出されたアヘンはインドで栽培されたケシが原料となっており、イギリスはこのインドに棉織物を輸出しつつ清国からはチャ(紅茶)を輸入していました。いわゆる三角貿易ですが、そのうちの二辺には植物が含まれています。

このように、歴史の中には人類の営みに大きな影響を与えた植物が存在します。本書はそんな植物たちを取り上げ、それが世界史の中でどのような役割を果たしたかを様々な情報やエピソードを交えて紹介しています。

 

この本の魅力は、「はじめに」に書かれている部分に凝縮されています。

人類の影には、常に植物の姿があった。

人類は植物を栽培することによって、農耕をはじめ、その技術は文明を生み出した。植物は富を生みだし、人々は富を生み出す植物に翻弄された。人口が増えれば、大量の作物が必要となる。作物の栽培は、食糧と富を生み出し、やがては国を生み出し、そこから大国を作り出した。富を奪い合って人々は争い合い、植物は戦争の引き金にもなった。

兵士たちが戦い続けるにも食べ物がいる。植物を制したものが、世界の覇権を獲得していった。植物がなければ、人々は飢え、人々は植物を求め、植物を育てる土地を求めて彷徨った。そして、国は栄え、国は亡び、植物によって、人々は幸福になり、植物によって人々は不幸になった。

歴史は、人々の営みによって紡がれてきた。しかし、人々の営みには植物は欠くことができない。人類の歴史の影には、常に植物の存在があったのだ。

この部分をみて少しでも本書に興味をもったならば、本書を読み進めてみて後悔することは決してないでしょう。

ここで語られているように、本書では様々な形で人類史に影響を及ぼした植物が14種紹介されています。

人類の文明を支えた作物であるダイズ(黄河文明)、イネ(インダス文明長江文明)、コムギ(メソポタミア文明エジプト文明)、ジャガイモ(インカ文明)をはじめ、大航海時代と縁の深いトマトやトウガラシ、人間の富への欲望を駆り立てたコショウやチューリップ、そしてはるか昔は食糧としてアステカ文明マヤ文明を支え、いまや燃料(バイオエタノール)として人類に多大な貢献をしている「怪物」植物トウモロコシ。

なぜ「怪物」と呼ばれている理由はぜひ本書でご確認いただきたいですが、これも含めどの植物の章から読んでも非常に興味をそそられる情報やエピソードが満載です。

『中世ヨーロッパにおいてジャガイモは魔女裁判にかけられ、火あぶりの刑になったことがある』、『19世紀のアメリカにおいて、トマトは野菜か果物かということで裁判が行われた』という小ネタ的エピソードから、パリやロンドンが40万人都市だった時代に人口100万人を誇っていた江戸の街を支えた「田んぼ」というシステムと「イネ」という作物の評価など、普段当たり前に消費していたものの見方が一変するような話がこれでもかこれでもかと紹介されます。

確かに人は何かを食べなければ生きていけないので、人の歴史とは食事の歴史であるとも言えるでしょう。そして長い間人々の食事の主役であったのがなんらかの作物であることを考えると、食糧としての植物の歴史も人類の歴史と同じくらい奥深い魅力があるのも不思議ではないなと思います。そう思わせるだけの力が本書にはあると感じました。

 

著者である稲垣栄洋氏は農林水産省静岡県農林技術研究所などを経て現在は静岡大学農学部の教授を勤めています。自らを「雑草研究家」「みちくさ研究家」と称し、植物の面白さ、その魅力を伝える著作を多く出版しています。

過去にはこの著者の別の作品である『弱者の戦略』という本を読んだことがありますが、弱肉強食の自然界においてはあらゆる生物が自分がナンバーワンになれる領域を確保するためにあらゆる手段を使ってポジションを取っていくという話で、ビジネスにおいて非常に示唆の多い一冊であったことを覚えています。 

弱者の戦略 (新潮選書)

弱者の戦略 (新潮選書)

 

私たちは人類の歴史について、よく知っている。少なくとも、そう思っている。しかし、本当にそうだろうか。私たちが知っている歴史の裏側で、植物が暗躍していたとしたら、どうだろう。

新たな視点から人類史を見つめてみたい、世界史の別の側面を知りたいという方にとっては、本書はこの上ない知的刺激を与えてくれる一冊となるでしょう。