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植物に振り回される人類 - 世界史を大きく動かした植物

世界史を大きく動かした植物

世界史を大きく動かした植物

 

 小麦。イネ科コムギ属に属する一年草の植物。

世界三大穀物のひとつに数えられ、人類史のはるか昔から栽培され、世界で最も生産量の多い穀物のひとつとなっている(ちなみにあとの二つはトウモロコシと米である)。

年間生産量は約7.3億トンであり、これはトウモロコシの約10.4億トンには及ばないが、米の約7.4億トンにほぼ近い(2014年)。 (Wikipediaより)

 

2016年から2017年にかけて大ベストセラーになった『サピエンス全史』では、人類史に起こった大革命のうちの一つである農業革命を、小麦による人間の奴隷化が決定的となった(人間にとっての)史上最大の詐欺であったと指摘しました。

万物の霊長である人類がまさか植物ごときに隷属するとは夢にも思っていなかった我々にとって、これは大きな価値観の転換であったと言えるでしょう。

しかし、世界史を紐解いてみると、人類に対して大きな影響を与えた植物は小麦だけにとどまりません。実に、人類の歴史において大きな意味を持つ出来事のきっかけとして植物が登場することが少なくないのです。

例えば15世紀後期から始まった大航海時代はアジアの香辛料を目的としていましたし、アメリカでは綿花の大量生産のために奴隷をアフリカから連れてきました。これは1861年南北戦争勃発につながっていきます。19世紀にはイギリスと清国の間でアヘン戦争が発生しています。このとき清国に輸出されたアヘンはインドで栽培されたケシが原料となっており、イギリスはこのインドに棉織物を輸出しつつ清国からはチャ(紅茶)を輸入していました。いわゆる三角貿易ですが、そのうちの二辺には植物が含まれています。

このように、歴史の中には人類の営みに大きな影響を与えた植物が存在します。本書はそんな植物たちを取り上げ、それが世界史の中でどのような役割を果たしたかを様々な情報やエピソードを交えて紹介しています。

 

この本の魅力は、「はじめに」に書かれている部分に凝縮されています。

人類の影には、常に植物の姿があった。

人類は植物を栽培することによって、農耕をはじめ、その技術は文明を生み出した。植物は富を生みだし、人々は富を生み出す植物に翻弄された。人口が増えれば、大量の作物が必要となる。作物の栽培は、食糧と富を生み出し、やがては国を生み出し、そこから大国を作り出した。富を奪い合って人々は争い合い、植物は戦争の引き金にもなった。

兵士たちが戦い続けるにも食べ物がいる。植物を制したものが、世界の覇権を獲得していった。植物がなければ、人々は飢え、人々は植物を求め、植物を育てる土地を求めて彷徨った。そして、国は栄え、国は亡び、植物によって、人々は幸福になり、植物によって人々は不幸になった。

歴史は、人々の営みによって紡がれてきた。しかし、人々の営みには植物は欠くことができない。人類の歴史の影には、常に植物の存在があったのだ。

この部分をみて少しでも本書に興味をもったならば、本書を読み進めてみて後悔することは決してないでしょう。

ここで語られているように、本書では様々な形で人類史に影響を及ぼした植物が14種紹介されています。

人類の文明を支えた作物であるダイズ(黄河文明)、イネ(インダス文明長江文明)、コムギ(メソポタミア文明エジプト文明)、ジャガイモ(インカ文明)をはじめ、大航海時代と縁の深いトマトやトウガラシ、人間の富への欲望を駆り立てたコショウやチューリップ、そしてはるか昔は食糧としてアステカ文明マヤ文明を支え、いまや燃料(バイオエタノール)として人類に多大な貢献をしている「怪物」植物トウモロコシ。

なぜ「怪物」と呼ばれている理由はぜひ本書でご確認いただきたいですが、これも含めどの植物の章から読んでも非常に興味をそそられる情報やエピソードが満載です。

『中世ヨーロッパにおいてジャガイモは魔女裁判にかけられ、火あぶりの刑になったことがある』、『19世紀のアメリカにおいて、トマトは野菜か果物かということで裁判が行われた』という小ネタ的エピソードから、パリやロンドンが40万人都市だった時代に人口100万人を誇っていた江戸の街を支えた「田んぼ」というシステムと「イネ」という作物の評価など、普段当たり前に消費していたものの見方が一変するような話がこれでもかこれでもかと紹介されます。

確かに人は何かを食べなければ生きていけないので、人の歴史とは食事の歴史であるとも言えるでしょう。そして長い間人々の食事の主役であったのがなんらかの作物であることを考えると、食糧としての植物の歴史も人類の歴史と同じくらい奥深い魅力があるのも不思議ではないなと思います。そう思わせるだけの力が本書にはあると感じました。

 

著者である稲垣栄洋氏は農林水産省静岡県農林技術研究所などを経て現在は静岡大学農学部の教授を勤めています。自らを「雑草研究家」「みちくさ研究家」と称し、植物の面白さ、その魅力を伝える著作を多く出版しています。

過去にはこの著者の別の作品である『弱者の戦略』という本を読んだことがありますが、弱肉強食の自然界においてはあらゆる生物が自分がナンバーワンになれる領域を確保するためにあらゆる手段を使ってポジションを取っていくという話で、ビジネスにおいて非常に示唆の多い一冊であったことを覚えています。 

弱者の戦略 (新潮選書)

弱者の戦略 (新潮選書)

 

私たちは人類の歴史について、よく知っている。少なくとも、そう思っている。しかし、本当にそうだろうか。私たちが知っている歴史の裏側で、植物が暗躍していたとしたら、どうだろう。

新たな視点から人類史を見つめてみたい、世界史の別の側面を知りたいという方にとっては、本書はこの上ない知的刺激を与えてくれる一冊となるでしょう。