THE戯言

Quitters never win. Winners never quit.

超正統派ブルーバックス作品 - 科学者はなぜ神を信じるのか

ブルーバックスの書籍で、タイトルに「神」の文字が見られるのは珍しいかもしれません。著者自らも作中でやや異色の趣向かもしれないと語っているくらいですが、中身は主に宇宙論に関する科学研究の発展の歴史を辿った非常に正統派ブルーバックス作品であると言えるでしょう。

 

本書は、 コペルニクスからホーキングまでこれまでに偉大な業績をのこした科学者の研究をわかりやすく解説するとともに、それぞれの科学者が科学と神の関係についてどう考えていたかを紹介する、知的刺激に満ちた一冊になっています。主に宇宙論の研究の変遷が中心的な内容になっているのは、宇宙に関する事柄がもっとも神の存在を感じやすいものだったからでしょう。

 

科学の発展によって、天体の動きをはじめとした多くの自然現象についてその原理が解明され、合理的な説明を与えられるようになってきました。それはすなわち、昔は神の御業としてしか説明ができなかった事象がひとつずつ姿を消していったということを意味します。

 

これは、中世ヨーロッパ社会で絶大な権威を誇っていたカトリック教会にとっては自分たちの盤石の地位を脅かすものとして映ったに違いありません。その結果、ガリレオの宗教裁判の例をはじめとして、自分たちが絶対としてきた聖書の記述と合わない仮説が出てきた際にカトリック教会がその説を潰しにかかるということが繰り返し行われました。

 

世界的ベストセラーになったダン・ブラウンシリーズの『天使と悪魔』だったり『オリジン』で描かれている宗教と科学の対立構造はここに由来するものだといえます。今やそこまでの深い対立はないかもしれませんが、ガリレオ・ガリレイへ謝罪しその名誉回復を行った当時のカトリック教会の教皇ヨハネ・パウロ2世でさえもビッグバンの研究を進めることに対しては否定的であったことを考えると、規模は小さくなったにせよこの構造自体は今も残っているのかもしれません。

 

しかし、この本で紹介されているとおり、科学者の側が神を信じていなかったかというと全くそうではありませんでした。ガリレオをはじめとして、そもそもカトリックであったという科学者は少なくありません。彼らは、各々細かい理由に違いはありつつも、なぜ神はこのように宇宙を創ったのかという興味から研究を進めました。

逆に、最初は神の存在を信じていなかった科学者でさえ、研究を進めるうちに世界が非常に洗練された仕組みによって動いていることがわかり、そこから何か超越的な知性の存在を信じるようになったパターンもあります。量子力学の大家ポール・ディラックは若かりし頃は神の存在を激しく攻撃していましたが、その晩年は自然の根底に流れる物理法則の美しい数学的理論に触れ、極めて高度な知性による宇宙の構築について触れた手記を残しています。

 

国連のある調査では、過去300年において目覚ましい業績をあげた研究者300人のうち80~90%が神の存在を信じると答えたと言います。本書を読めばさもありなんと思うことでしょう。作中で紹介される科学者それぞれの研究とエピソードの数々を通じて、昔から神の奇跡をその身(頭脳)をもって体験してきたのは優れた科学者自身であったろうということを思うようになりました。

 

この本が生まれるきっかけは、トリックの助祭にして理論物理学者として素粒子論を研究している著者が高校生を相手に講演をしている時に投げかけられた「科学者なのに科学の話の中で神を持ち出すのは卑怯なのではないか」という質問だったそうです。その答えは本書を読むことで明らかになるでしょう。

今の私たちにとって、奇跡が起こるのを見るのは難しくとも、それが存在していることを見るのはそう難しくないのかもしれません。

 

蛇足ですが、本書は直接的な科学関連の事柄だけでなく歴史として面白いエピソードが多数紹介されています。例えばピタゴラスのエピソードからは、ヨーロッパにおけるリベラルアーツの科目の謎が解けたように思いました。

リベラルアーツとは、「人が持つ必要がある技芸(実践的な知識・学問)の基本」と見なされた自由七科のことで、文系科目である「論理」「文法」「修辞(レトリック)」3科と「算術」「幾何」「天文」「音楽」の理系4科目です。

なぜ理系科目として「天文」と「音楽」が含まれているのか長年不思議だったのですが、下記のエピソードを読んで「算術」「幾何」も含めて4科目全てがピタゴラスに由来するものだとわかりました。

数学者でもあったピタゴラスは、音楽を数学で表現しようと考え、7本の弦を張ったハープに似た楽器を使って、実際にそれに成功しました。現在の音楽の基礎は彼が築いたといっても過言ではなく、弦を弾いて出す音階は「ピタゴラス音階」と呼ばれています。

ピタゴラスには音楽の他にもうひとつ、その美しさを数学で表現したいものがありました。広大な夜空に無数の星たちが輝く、宇宙です。彼は宇宙からは美しいメロディーが聞こえてくると弟子たちに説き、音楽が数学で表わせるなら、宇宙も同じように数学で表現できるはずだと考えました。

 一流の科学者の一流の教養に触れられるのもこの本の魅力であることは間違いないと思います。