THE戯言

Quitters never win. Winners never quit.

表紙をみただけでどうしようもなく惹かれてしまった本 - ぞぞのむこ

なぜこの本がこんなに気になるのかわからない。なぜか非常に惹かれるのだけれど、その理由がうまく説明できない。

初めて見たときから妙に気になる本だった。ただ家にはまだ読んでない本が何冊も残っている。先に読むべきはそちらだろう。

そのときはそうやって何とか本屋を後にした。

しかし、やはり気になってしまった。我慢できなかった。

帯に書かれた一文に、どうしようもなく興味を惹かれてしまったのだ。

 

「この町を出たら手を洗ってください、必ず」

 

ぞぞのむこ 

普通、手を洗うという行為からは汚れを落とし、清めるということを連想する。

町を出たら必ず手を洗わないといけないということは、その町に踏み込んだら何かしらの汚れを纏うということである。そんな強烈に不吉の匂いがする町に関する物語に、なぜだか妙に引き寄せられてしまった。

この小説は、全5つのストーリーからなるホラー小説だ。各ストーリーは同じ世界線ではあるものの時間軸が若干ずれていたりと、基本的にはお互いに独立した話になっている。

仕事で漠市に立ち寄った翌日から、なぜか幸運なことが続く。夜には自宅前で昔の恋人に再会し、何か彼女の様子がおかしいと訝しげに思いつつも一緒に生活を始める会社員の話。

大学では準ミス・キャンパスに選ばれ華やかな生活を送るも、万引きがやめられない学生の話。ある日奇妙な文房具屋でハサミを盗った彼女は、後々それが漠市であったことに気づく。

大手建設会社を退職し、老人ホームで働き始めた男の話。漠市出身のカリスマ介護士に対抗心を燃やし、彼女の成功の秘密を暴き、何とか陥れたいと執念を燃やす。

漠市にあった小さな祠の賽銭箱にお金を入れてしまって以降、神様に願いと呪いを叶えてもらえるようになってしまった青年の話。

ある朝娘の姿が見えないことに気づき、娘を見つけようと奔走する母親の話。同級生に話を聞くと、娘は漠市にある「ざむざの家」に入っていったらしい...。

 

全ての話に「漠市」という共通項がある。

現実にもなんとなく不吉であまり近づきたいとは思わない場所というのものは各地に存在すると思うが、漠市もまさにそのような扱いだ。

内容は当然想像できるように、漠市にまつわるものに不用意に接触してしまった人々に起こる不条理で不気味な出来事に関するストーリーだ。

ホラーというジャンルであるものの、恐怖感というよりも嫌悪感、不快感を覚えるような話が多い。各話のタイトルを見てもらえればなんとなくどういう感じかわかってもらえるのではないか(それぞれ「じょっぷに」「だあめんかべる」「くれのに」「ざむざのいえ」)。

この物語の理不尽なグロテスクさ、本能的に感じる気持ち悪さの塩梅がよく、エンターテイメントとして楽しめる範囲内にバランスよく収められているところに著者の力量が感じられる。なんとなく吉村萬壱の作品に通じるところがあるように思え、とても楽しめた。

 

ちなみに、漠市以外にももうひとつ、どの話にも共通して出てくる要素がある。

それは矢崎という青年である。

矢崎は常に事実や正論しか言わず、いわゆる空気を読んだり人の気持ちに寄り添うようなコミュニケーションはしない(できない)。作業をするときはマニュアルに完璧に従う。そんな彼を周りの人間はロボットと呼んで煙たがっている。そんな人間として描かれている(周囲の人とのコミュニケーションについてもインターン生時代の上司が作成したマニュアルに従っているくらいなので筋金入りである)。

そんな彼は、どの話においても漠市に関わろうとする登場人物に対して、思い留まるよう助言や警告を行う。彼はなんと漠市に住んでおり、明らかにその町に対する「お作法」を心得ている人物として描かれている。とはいえ登場人物が彼の助言をはいそうですか、わかりましたといって素直に聞くようであればそもそもストーリーが成立しないので、彼の警告は常にカッサンドラの予言のように黙殺されるのだが。

この小説で漠市と関わる登場人物が次々と不気味な現象に見舞われて不幸になっていくなか、なぜ矢崎はその不吉な町で生活を続けられるのか(それどころか、矢崎は彼にとって漠市は最も住みやすい場所であると言い、就職を機に離れたこの町に再び舞い戻ってきている)。

それは矢崎には周囲への関心や未知への好奇心というものが全くないからではないだろうか。本書を読み通してみてそう感じた。周囲への干渉は最小限で、必要な時に必要なことだけを最低限行うといった生き方ができれば、妙なことに巻き込まれることもそうはないだろうと思わせる人物だった。

 

文章は平易で読みやすく、かつテンポがよく引き込まれてしまう。買ったその日に2時間ほどで一気に読み終えてしまった。暑い日に背筋が寒くなるようなぞっとする話がお好みであれば目を通してもらいたい一冊。

 

 

明らかに精神に異常をきたしているような少女の独白形式で話が進む。災害の後、みんなで助け合おうという「絆」を強調する海塚市という架空の町が舞台。本当におかしいのはなんなのか、読み進めていくうちにだんだんとその姿が見えてくる。

ボラード病 (文春文庫)

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 いわゆるタイムスリップもの。過去の改変を行うたびにどんどん不幸になっていくのだが、あと一回、あと一回だけとどうしても過去への逆行をやめられない主人公の姿に人間の弱さが見える。

回遊人 (文芸書)

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