THE戯言

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文革、VR、宇宙....中国発の圧倒的スケールの王道SF!「三体」

2019年で最高のSF作品をあげるとしたら、間違いなく本命になる一冊。

すでにいろいろなところで話題になっており、本屋でも大プッシュされている「三体」。評価に違わぬ、スケールの大きい超骨太の正統派SFでした。

三体

三体

 

英語版のタイトルは「Three-Body Problem」。ただ元々は中国で刊行されているためオリジナルのタイトルは「三体」になります(単行本は2008年に出版)。3部作になるのですが、中国国内で3作合計2100万部以上を売り上げる大ヒット。2014年には「紙の動物園」などの短編集で有名なケン・リュウによる英訳版が出版され、2015年にはSF作品に贈られる最大の賞であるヒューゴー賞を受賞しました。翻訳の作品、およびアジア人作家としては初めての受賞となったそうです。この度ついに日本語版の登場となりました。

物語は1967年の中国、文化大革命真っ只中の北京で一人の物理学者が運動の犠牲になるところから始まります。当時この運動に傾倒していた人間の思想の偏りや暴力性が緻密に描かれており、その緊張感のある描写によって一気に物語に引き込まれます。

その後40年以上が経ち、世界的な科学者が次々と自殺を遂げているという不可解な事態が発生します。そのうちひとりは「これまでも、これからも物理学は存在しない」という意味深なメッセージを残してこの世を去ります。自殺をした科学者たちの共通点が<科学フロンティア>という団体に属していたことから、主人公はこの団体への潜入捜査をすることになるのですが、捜査の後で彼の身に不思議なことが起こるようになる。その問題を解決するべく動いていく中で、真相は想像をはるかに超えるスケールだったということが明らかになっていきます。

このあたりまでが導入部分なのですが、話のつなぎがうまく、かつテンポがいいので一気に読めてしまいます。全体的に科学や物理の専門用語が盛りだくさんで、ちょくちょく用語をググる必要があったのですが、それでもページをめくる手がなかなかとまらないほど物語に力があります。

タイトルになっている「三体」は、作中ではVRゲームとして登場してきます。このゲームがまたすごい面白そうなんです...!太陽の運行が規則正しく、人間が生きていける気候である時期が続く「恒期」と、太陽の運行が不規則になり極寒と灼熱が交互に襲ってくる「乱期」がある世界という設定で、太陽の運行の規則性を発見して人類を絶滅から守り、文明を発展させるというゲームです。

「シドマイヤーズ シヴィライゼーション」がVRゲームになったらこんな感じかなというイメージです。殷の紂王やアリストテレスガリレオなどの歴史上の有名人がキャラクターとして登場し、彼との会話をヒントにしながらゲームを進めていくという設定が歴史好きにはたまりません。ゲーム化希望。クリアの難易度は高そうだけれど。ドルアーガとか魔界村すら超えそう。

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「三体」のメインテーマですが、これがSFど真ん中の「地球外文明とのファーストコンタクト」です。ちょっとしたネタバレになるかなとも思ったのですが、まあ帯にも描かれているので許されるでしょう笑 

話の舞台は中国から世界、さらには地球外へと広がり、扱われるトピックは宇宙というマクロなものから陽子のミクロの世界まで。時代背景は文化大革命時代という過去から科学が花開く現代までという、このダイナミックな視点の変化が物語に深みを与えており、高いエンターテイメント性を成立させています。

「天気の子」のようなライトなSFを気軽に楽しむのも快いのですが、「三体」のような緻密な設定のディープな骨太SFの世界に耽溺するのも最高です。お盆休みのお供にいかがでしょうか。

 

ケン・リュウ編集の現代中国SFアンソロジー「折りたたみ北京」に収録されている「円」という作品は、「三体」の内の1章を改作したものです。どちらもコンピュータによる計算機能の仕組みを描いていますが、「三体」の方がより衝撃的なラストになっています。とはいえ一つのストーリーとして完結している「円」の完成度の高さも一読の価値があります。

「三体」の作者である劉慈欣(リウ・ツーシン)は 中国の山西省出身。本業はエンジニアで、発電所のコンピュータ管理を担当。1999年のデビュー以降、中国のSF作品賞である銀河賞を複数作品で受賞。短編作品である「さまよえる地球」の映画版「流転の地球」が中国で興行収益約330億円に達したといういまや超売れっ子作家のひとりです(参考までに、「君の名は」の全世界興行収入が約337億円)。

「三体」3部作シリーズの第2部「暗黒森林」は2020年刊行予定。人類文明の希望となる「面壁者」なるものが登場予定らしいです。ああ、早く続きが読みたい。正直東京オリンピックよりもこちらのほうが楽しみかもしれない。首を長くして待ちたいと思います。