THE戯言

Quitters never win. Winners never quit.

一つの時代の区切り - 松本被告ら7人の死刑執行

今朝目覚めて時間を確認しようとスマホの画面を何気なく見てみると、ニュースアプリの通知に目がとまった。

 

松本智津夫死刑囚に死刑執行」

www.nikkei.com

ツイッターもテレビのニュースもこの話題で盛り上がっていた。当然だろう。95年の地下鉄サリン事件をはじめ合計13の事件で罪に問われており、一連の刑事裁判が今年1月に終わるまでもう20年以上も裁判を続けてきたことになる。死刑判決が下り、実際に刑が確定したのは2004年の話だ。

 

ただしそれから彼の刑は執行されることはなく延々と先延ばしにされてきた。彼の死刑を執行してしまうと、殉教者として崇められたり、埋葬場所が聖地になったりしかねないことを警戒しているとまことしやかに語られていた。実際に今朝のニュース番組でもそういう視点から解説がなされていたものがあった。

 

なんとなく執行が延期され続けることがデフォルトになってきた松本被告の死刑を平成最後の年に執行したというのは、やはり一つの時代に区切りをつけるという意図があったのだろうか。そう思わないではいられない。ネット上でも多くの人がこの出来事に「平成の終わり」を感じたそうだ。

www.huffingtonpost.jp

 

松本被告を教祖とするオウム真理教が引き起こした地下鉄サリン事件は、平時の都市部における化学兵器を使った無差別テロ攻撃であるとして、国内だけでなく世界でも類がない事件として衝撃を与えた。

 

1991年にバブルが崩壊し、力強い経済成長に支えられた明るい時代が終焉を迎えた日本に起こったこの事件は、それまでの日本社会が決定的に変容してきたことの象徴と見られることが多い。批評家の宇野常寛は『ゼロ年代の想像力』の中で地下鉄サリン事件が象徴する時代の変化をこのように評している。

後者は、一九九五年に発生したオウム真理教による地下鉄サリン事件に象徴される社会不安を意味する。「自由だが冷たい(わかりにくい)社会」に耐えかねた若者たちが、同教団の神体である発泡スチロールのシヴァ神に象徴されるいかがわしい超越性に回収されテロを引き起こした現実は、当時の国内社会に蔓延していた「意味」と「価値」を社会が与えてくれない生きづらさを象徴する事件だった。ここに見られるのは「がんばれば、意味が見つかる」世の中から「がんばっても、意味が見つからない」世の中への移行である。

結果として、九〇年代後半は戦後史上もっとも社会的自己実現への信頼が低下した時代として位置づけられる。

 「生きる意味」「真正な価値」を歴史や社会が示してくれない世の中に生き、目的を見失った若者たちに、コミュニティとその中で機能する超越性(小さな物語)を与え、それをカルト的な手法で大きな物語の再生であると錯覚させることでかれらを球団史勢力を拡大したオウム真理教ーそのテロ事件をきっかけに露呈した教団の実体は、私たちに時代の生きづらさを決定的に突きつけた。

皮肉にも敗戦五十年目の節目にあったこの年、九〇年代前半に渦巻いていた喪失感は、より徹底された「絶望」として社会に広く共有されることになる。

また、地下鉄サリン事件が起きた1995年には、1月に阪神・淡路大震災も発生している。地震の後には大規模火災も起き、この天災による死者行方不明者は6000名を超えた。

片山杜秀佐藤優による『平成史』では、この震災によって戦後初めて日本は非常時への対応、具体的には戒厳令的なものや自衛隊の出動のあり方などの、戦後日本が封印してきたものについて再考せざるをえないきっかけとなったと語られている。この阪神・淡路大震災地下鉄サリン事件が起こった1995年が平成史における、危機の時代への分水嶺だったのかもしれないという佐藤優の分析には強い説得力があると感じた。

 

全体的に悲惨な年であるように見える1995年だが、また別の大きな社会の変化の種も芽を出し始めていた。日本でのWindows95の発売である。この出来事が、すでに芽吹き始めていたインターネットの爆発的な普及のきっかけとなった。インターネットが深く人びとの生活に根付いた今の社会が、当時からは想像もつかなかったに違いない。これもまた95年を境に起こった巨大な変化である。高度経済成長が終わり、長引く不況に苦しむ危機の時代へ突入した時にも、さらに新しい時代への萌芽が見えていた。

 

終わりがあれば始まりがある。

 

平成という一つの時代が終わろうとしているなか、次はどんな新しいことが生まれてくるのか。願わくば、明るい未来につながる何かであってほしい。

 

ゼロ年代の想像力 (ハヤカワ文庫 JA ウ 3-1)

ゼロ年代の想像力 (ハヤカワ文庫 JA ウ 3-1)

 
平成史

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