THE戯言

Quitters never win. Winners never quit.

ナチス体験授業は悪の陳腐さを学ぶのに最高の講義だと思う

一見ギョッとするタイトルではあるが、内容を見るとこの講義が受講生からの評価が高い理由が非常によくわかります。

gendai.ismedia.jp

 

この記事の著者は甲南大学の教授であり、彼が受け持つ講義の一環として「ファシズムの体験学習」を行っているといいます。人がいかにファシズムに流れやすいかを身をもって体験するのが趣旨らしいですが、面白いのはそのことをあらかじめ知っているにもかかわらず、集団で行動していくうちに気持ちの高揚感や快感を覚えたということです。それだけ感化力があるということであり、その分危険だということがよくわかります。

この講義でファシズムの状況を作り出す為に実施していることは下記のとおりなのですが、これが非常によくできており、リアリティを感じます。

  1. 絶対的なリーダーをつくり、集団に承認、崇拝させる。サクラを使い、リーダーのお言葉に従わなかった場合の見せしめも行うなど徹底している。
  2. 集団を一体感を高める施策を行う。衣服の統一、集団のシンボルの制定、敵の設定がこれにあたる。特に重要なのは敵の設定であることは言うまでもない。そこにリア充を選んだところあたり、センスの良さを感じる
  3. 個人で的確な判断ができなくなるような状況を作る。はじめに集団内グループを操作し、集団間でコミュニケーションが取りにくい状況を作っている。仲の良いグループを分断し、リーダーのお言葉に対して集団間で相談できないようにしている

この後、実際に大学構内の敵(=リア充カップル)の排除行動を実施していくのだが、「リア充爆発しろ!」と糾弾していくにつれ、明らかに生徒たちの熱量はあがっていくといいます。

 

実際にこの講義を受けた生徒たちが学んだこととして書いたレポートの要点(下記)も、ファシズムが危険であると指摘される点が挙げられており、非常にリアリティがあります。

①集団の力の実感。全員で一緒に行動するにつれて、自分の存在が大きくなったように感じ、集団に所属することへの誇りや他のメンバーとの連帯感、非メンバーに対する優越感を抱くようになる。

「大声が出せるようになった」「リア充を排除して達成感が湧いた」といった感想が典型的だが、参加者は集団の一員となることで自我を肥大化させ、「自分たちの力を誇示したい」という万能感に満たされるようになる。

社会学者の大澤真幸憲法学者の木村草太の『憲法の条件』という本のなかで、在特会での元会員がデモの参加者は組織の下位層に属する人たちや「自分は周りからは期待されていない」と感じている人が多かったと紹介していた、という場面があります。

自分が挙げたシュプレヒコールに対して周りの人が追随してくれるのがいわゆる自己承認のように感じられ、快感だったというのですが、ここで起こっているのはそれに似たようなことだったのだろうと感じます。

 

②責任感の麻痺。上からの命令に従い、他のメンバーに同調して行動しているうちに、自分の行動に責任を感じなくなり、敵に怒号を浴びせるという攻撃的な行動にも平気になってしまうこと。

記事中で著者が特に強調しているとおり、「みんなやっているから」「命令されただけだから」という理由があると、倫理的に問題がある行為を(それとわかっていながら)してしまう恐ろしさがあります。

記事中でも紹介されている「スタンフォード監獄実験」や「ミルグラム実験」の他に同様のトピックを扱ったものといえばハンナ・アーレントの「エルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告」が挙げられます。

 

③規範の変化。最初は集団行動に恥ずかしさや気後れを感じていても、一緒に行動しているうちにそれが当たり前になり、自分たちの義務のように感じはじめること。

「途中から慣れてしまった」「声を出さない人に苛立った」といった感想が示すように、参加者は上からの命令を遂行するという役割に順応し、集団の規範を自発的に維持するようになる。

集団への順応化、適応化が短期間で進んでいることがわかります。いつの間にか命令の遂行に義務感を感じはじめ、その義務を果たしていない人たちに対して不快感を覚えるようになっているところに迫力を感じます。私はここで高邁な理想やお題目を掲げて従業員に無理を強いるブラック企業や先輩への理不尽の命令にも絶対服従するような体育会系のようなイメージを持ってしまいました。

 

実際にこの講義を体験することで、ごく普通の人でもヘイトスピーチを繰り返すような団体に参加してシュプレヒコールをあげるようになりうるというようなことを身を持って理解できたのではないでしょうか。今後の人生のなかで強力なリーダーシップのもと熱狂した集団に出会った場合にこの講義のことを思い出し、その内在的論理や危険性を十分念頭におきつつどう対応するか判断できるようになるのではないかと思います。

 

それにしても、ここで盛大にネタバレしてしまって(サクラの存在まで!)今後この講義をする際に影響はでないのだろうかと心配になってしまいます。もしかしたら何が行われるか完全にわかっていてもなお学生たちへの感化力への影響は変わらないかもしれません。それはそれで興味深い結果であり、熱狂した集団の危険性が改めて浮き彫りになる結果になるのでしょう。

 

ぜひここで学んだ貴重な学びを今後の人生に役立てて欲しいと思います。

 

----関連書籍----

憲法の条件 戦後70年から考える (NHK出版新書)

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 在特会ヘイトスピーチデモに参加した元会員のインタビューに関する二人の洞察はこの記事の内容を深く理解するための補助線になると思います。 

 

闇に魅入られた科学者たち―人体実験は何を生んだのか

闇に魅入られた科学者たち―人体実験は何を生んだのか

 

NHKの「フランケンシュタインの誘惑」という番組が書籍化された本。「史上最悪の心理学実験」と評される「スタンフォード監獄実験」の内容やその影響が詳細が紹介されています。それ以外に取り上げられているものも非常に面白く、オススメの一冊です。 

 

 アウシュヴィッツ強制収容所の元所長で、何百万もの人々を収容所に送り込んだ責任者であるアイヒマンは、エルサレムの裁判の場で「私は上の命令に忠実に従っただけです」と回答する。小役人のような姿を目の当たりにした著者の「悪」についての考察や教訓をまとめた一冊。

 

 現代はファシズムが起こりやすい状況が整いつつあるという著者の問題意識が現れている本。民主主義からファシズムが生まれるというロジックが明確にされており、読んでおいて損はないと思います。